秋の七草文は、前半で触れましたように山上憶良が詠んだ句に登場する植物をモチーフに描いたものです。七草すべてが描かれていなくても、数種あるいはそのなかのひとつだけであっても秋の七草文と呼ばれることがあるようです。
数多く用いられる愛らしい撫子文
現在では、食べられる花・エディフルフラワーとして人気があるというナデシコ。花そのものもカワイイと人気です。ちなみにこのナデシコ、漢字では「撫子」と書いて、撫でたくなるほど愛らしい花という意味を持つのだそうです。とはいえ、かわいいだけでなく耐寒性も強くとても育てやすい植物としても知られています。また、日本女性は「大和撫子」という言葉で形容されることもありますが、これはナデシコのように奥ゆかしさや内に秘めた強さを兼ね備えた女性の指すようで、決して弱い女性ということではないようですね。そのためか数多くの文様を見ることができます。
染織、小物などでも数多く使われています。また、家紋のなかにも見ることができます。ちなみに、ナデシコの仲間のカーネーションも昭和以降文様として描かれています。
ナデシコ、ハギ、カキツバタなどが組み合わせで描かれています。
ナデシコとハギを組み合わせて図案化したものです。
万葉集でも数多く詠まれ古典的な着物などに描かれている、女郎花文
オミナエシは万葉集のなかで『ひぐらしの、鳴きぬる時は、をみなへし、咲きたる野辺(のへ)を、行きつつ見べし』『我が里に、今咲く花のをみなへし、堪(あ)へぬ心に、なほ恋ひにけり』といった句を見ることができます。ちなみに、オミナエシは地方によっては盆花として飾る地域もあるとか。
風船のなかにオミナエシ、フジバカマ、キキョウが描かれています。
原種は減りつつあるとされるフジバカマを図案化した、藤袴文
フジバカマは生の植物体に香りはありませんが、乾燥させると桜餅のような香りになることから、匂い袋などに用いられたとされています。文様として単独で描かれることは少ないようです。
なぜかフジバカマとオミナエシがひとつの植物のように描かれてしまっています。
あの安倍晴明とも関係がある、桔梗文
秋の七草のなかでは朝貌(あさがお)なのに、なぜキキョウ? と思う方もいると思います。万葉集のなかの句に『朝貌(あさがお)は、朝露(あさつゆ)負(お)ひて、咲くといへど、夕影にこそ、咲きまさりけり』という句があり、この句ではなぜか夕方のほうが美しいことになっています。そのため、この句に出てくる朝貌はアサガオ市などで知られるアサガオではなく別の植物ではないかとされるようになったのだそうです。
これは、日本最古の漢和辞典『新撰字鏡』のなかで、「桔梗」が「阿佐加保」となっていたことから、万葉集の「朝貌の花」とはキキョウではないかとなったのだとか。そのため、秋の七草文ではキキョウが描かれています。とはいえ、なかにはアサガオが描かれているものもあるのです。また、平安時代の陰陽師・安倍晴明(あべのせいめい)は五芒星に似た晴明桔梗紋を用いたとされています。これはキキョウの花が魔除けの五芒星に似ているからだとされています。
源氏香とキキョウを組み合わせて図案化したもの。キキョウの漢字『桔梗』の木編を取ると、「吉」と「更」の文字に。そのため縁起が良いとされ家紋でも用いられました。
染織だけでなく小物のなかにも桔梗文は見ることができます。
秋の七草文を紹介しました。最近は文様から、織りに夢中です。染織の織はほんとうに奥が深く、手織りものはやはりすごいなぁ~と、ついつい収集(1枚ワンコイン以下でも買える時代ですので)。時代が移るなか、織染のなかに生きている和の植物文様は、日本の歴史を垣間見るひとつの資料のように思います。