渋谷駅と恵比寿駅の中間。どちらの駅からも歩いておよそ10分という東京のど真ん中にある「渋谷区ふれあい植物センター」。平成17年にできた日本で一番小さい植物園です。
この植物園がなぜ東京・渋谷に建てられたのか、またどのような役割を担っているのか知りたくて、現地を訪ね、職員の宮内元子さんに話を聞きました。
かつて渋谷に流れていた「春の小川」を再現
ーーー なぜ、渋谷という都心に、植物園を建てたのでしょう?
そもそも渋谷区の清掃工場の還元施設として建てられました。清掃工場ができることで、地域のイメージを損ねることのないように、区と地域の方で話し合いが持たれた結果、植物園を作ることになりました。かつて渋谷にはあの有名な「春の小川」という唱歌のモデルとなった河骨川(こうほねがわ)が流れていました。残念ながらこの河骨川は、東京オリンピックの区画整理のときに地下に埋まってしまいましたが、唱歌が作られた当時の渋谷には武蔵野の牧歌的な風景が広がっていたといいます。
植物園を建てるにあたって、地域住民から、その中に「春の小川」を作って欲しいという希望の声があがりました。長くこの地域に住んでいる方たちの、緑にあふれた古き良き時代の渋谷をもう一度復活させたいという思いだったのかもしれません。
どんな人が植物園に集っている?
ーーー 実際にどういう方が植物園を訪れるのでしょうか?
まずは子どもたち。渋谷区に住んでいる子どもは入園料が無料なので、放課後に多くの子がやって来て、緑の中で勉強したり、遊んだりしています。親御さんが安心して子どもたちを送り込める場所という認識が浸透しているようです。2011年の東日本大震災の後は、この場所なら安心と、赤ちゃん連れのおかあさんがたくさんいらっしゃっていました。都心にあって、安心で安全に自然と触れ合える場所は少ないですからね。
また、ここには渋谷区中にある植物はもちろん、関連する知識の普及などが集結する場所です。園芸相談も受けますし、植物に関する講習会やワークショップも実施しています。また、渋谷区全域から約40名のボランティアさんが集まって来てくれていますが、それが彼らの生きがいにもなっているようです。そういう意味では、植物を通じた生涯学習の場としての機能も担っているのではないかと思います。
また、昼休みに、お弁当を食べたり、昼寝をしたり、本を読んだりしている近隣に勤めている方たちの姿も見かけます。緑に囲まれた非日常空間であるこの場所で過ごす昼休みの45分は、完全に仕事から解放されるようです。
なぜ植物は人間に安心感を与えるのだろう?
ーーー 植物園の植物たちがさまざまなカタチで訪れるひとびとに少なからず影響を与えているということですね。
例えば、お家のお庭にすごい勢いで雑草がはびこってしまってどうにもならないから抜こうという方はいても、だからといって、地球上の全ての植物がなくなればいいと思う方はいないと思うんです。植物って、あっていやだとか、目に入って不快とかっていう人はおそらくいないはずです。それこそが植物の最大の魅力であり、そして、不思議なところではあるんでしょうね。
それがちょっとしたきっかけで、花が咲いているのに気づく。そのときに、咲いていて嫌だではなく、咲いていることが素直に心に入って来て、安心したり、癒やされたりするのではないでしょうか。そこから次の世界に広がっていくかどうかは、その人自身の問題ではあるんですけどね。
ここにいらっしゃる方たちも、最初からすごく植物が好きだったというより、来てみたらなんかほっとしたり、安心したりされているのではないかと思うんです。まさに植物の包容力ですよね。
植物は、口もききませんし動きもしませんから、目の前にあったとしても、全く気づかない可能性もあります。しかし実は、植物が酸素を出してくれているから、私たち人間は生きていられるんですね。意識してはいなくても、どこかにそういう安心感はあるのかもしれないと私は思っているんですよ。
ーーー なるほど。この植物園で過ごすことで、気づかないうちに植物のもつ不思議な力に包まれているんですね。
ですから、植物にあまり興味がない方でも、まず来ていただいて、何となく癒やされたり、安心したりという経験をしていただきたいなと思っているんです。植物と人を繋ぐ場としての一つ目のドアの役割ですね。ここに来て癒やされるだけでももちろんかまいませんが、「観葉植物を育ててみたい」「花の名前が知りたい」「どこかの公園に行こうかな」など、それぞれの方が次のドアを開けるきっかけになれればうれしいです。
「春の小川」に舞うホタル
ーーー そういえば、ここで育てたホタルが見られると聞きました。
この場所に、春の小川が再現されたときに、「渋谷にホタルが飛んでいた昔のように、もう1度、渋谷でホタルを見て欲しい」と当時の区長さんの思いから始まりました。昔の渋谷には、緑があって、きれいな水の小川が流れて、ホタルが育つ環境だったのでしょうね。それを、この植物園で再現しようという試みですが、相手は生き物ですから、なかなか思い通りにはいきません。
ホタルの命は1週間から10日。その間に交尾して卵を産んで死んでいきます。ここで見ていただけるのはそのうちの4日間ですから、まさに命の輝きです。ホタルが発する光は、雄と雌が出合うためのコミュニケーションツールだといわれています。雌は草むらで上を見ていて、飛んでいる雄の中から「彼がいいわ」と意中のホタルを見つけ、その雄と同じ光方をするといわれています。それに雄が気づくと「彼女と通じ合った」と、交尾することになるんです。
ーーー 今年のホタル鑑賞会はいつですか?
今年のホタル鑑賞会は、6月15日(木)〜18日(日)17時30分〜21時(最終入場20時15分)に実施します。都心でホタルが見られると好評をいただき、多くの方が来場されます。ゆっくりご覧いただけないのが申し訳ないのですが、それでも渋谷の植物園の春の小川で育ったホタルをぜひ見ていただきたいなと思います。
ホタルは、近くでスマホの画面が明るくなっただけでも、光らなくなってしまう可能性があるんです。10日という短い命のなかで、ホタルは必死に生涯の伴侶を探して、次の命に繋げようとしています。ですから携帯電話やスマートフォンは、決してポケットやカバンから出さないでくださいね。
植物の扉を開ける
ーーー エバーグリーンのユーザーの皆さまに一言お願いします。
エバーグリーンのWebサイトを利用している方の多くは、花の名前を知りたかったり、花が咲いていることを誰かに伝えたくなったり、植物の一つ目の扉を開けたところだと思うんです。次は、例えば、育てたり、どこかへ出かけたり、写真を撮ったり、植物を題材に、自分に合った新しい扉を開けていただきたいなと思います。
ーーー ありがとうございました。