日本の伝統工芸には多くの植物文様が描かれています。この文様は美しいだけでなく、実は開運に結びつく意味を持っているのです。
さて、今回紹介させて頂くのは薔薇(バラ)文。文様の世界ではバラの別名の「月季花(ゲッキカ)」、「長春花(チョウシュンカ)※」から月季花文、長春花文、あるいは薔薇と書きますが、文様では「そうび」と呼び、美を祈り、美を呼び込むと同時に富の象徴とされているようです。
※「長春花」はキンセンカの別名として知られています。
バラ…、古典文様ではなぜ見ない?
バラの歴史を調べてみると、それは7000万年前から3000万年前にまで遡り、日本でも兵庫県の明石市で400万年前のバラの化石が発見されているとか。また、『常陸国(ひたちのくに)風土記』や『万葉集』に「うばら」「うまら」として記され野バラは咲いていたとされていますが、そのことを証明する文献は存在しないようです。しかし、古典文学『源氏物語』や『枕草子』に登場し、鎌倉時代の絵巻物のなかにバラを見ることができるのだそうです。また、江戸時代になると栽培されていたことが本草学者、儒学者として知られる貝原益軒(かいばらえきけん)の『大和本草(やまとほんぞう)』からも知ることができます。
しかし、ボタンやキク・ツバキ・アサガオ・オモトのようにバラが江戸の園芸に受け入れられたのかいうと、そうではなかったとされています。美しく香りがよいバラですが、トゲあることから日本では好まれなかったという説があります。そのため、古典的な文様のなかでは残念ながら薔薇文はあまり目にすることはありません。
薔薇文は新時代と共に…
明治に入り文明開化で西洋文明が日本に受け入れられるようになると同時に、バラは西洋文化の象徴のひとつとなります。明治時代初期にはバラの番付表などが作られ、バラの人気が高まるにつれ染織の世界にも薔薇文が登場するようになります。
また、この時代は印刷技術や大正デモクラシーと呼ばれる日本独自の民主主義運動が起こり、新しい時代の波が広がり、ロマンティシズムを表現する文学の広がりと各種雑誌が創刊されました。雑誌には、竹久夢二をはじめ、高畠華宵(たかばたけかしょう)、中原淳一らがその作品のなかにバラを描き、薔薇文の着物を着た女性を描くようになったことから、バラは「大正ロマン」や「昭和モダン」と呼ばれる和洋折衷文化を飾り、その代表のひとつだったようにも思えます。そのためアール・デコ様式やアール・ヌーヴォー様式の影響を受けた独特な薔薇文を目にすることもできます。
縁起担ぎが大好きな日本人
バラの開運や縁起を調べると、なんと欧米では愛し合う二人が出会ったひと月目の記念日に三本のバラを贈る習慣があるとか。また、愛と美と性をつかさどる女神アフロディーテの象徴としても知られています。また、文明開化で海を渡ってきた西洋バラはとても高価だったとされたことから富に結びつくのだとか。
先日、あるご縁からNHKの番組『ラジオ深夜便』に出演することになり、「願いを込めた植物文様」のお話しをさせていただきました。須磨佳津江氏の編集力がすばらしく、楽しい番組に仕上がっていました。ということもあり、なんと2022年12月発売の月刊誌『ラジオ深夜便』でも取り上げていただくことになりました。これを機に日本の文様が数多くの方に知ってもらえるのはとてもうれしいことです! 今後とも日本の植物文様を紹介させていただきたく思いますのでよろしくお願いいたします。
エバーグリーン植物図鑑・バラ
- バラ(シュラブ)(エバーグリーン植物図鑑)
- バラ(つるバラ)(エバーグリーン植物図鑑)
- バラ(ミニチュア)(エバーグリーン植物図鑑)
- バラ(木立ち・ブッシュ)(エバーグリーン植物図鑑)
- バラ属(エバーグリーン植物図鑑)
(藤依里子 植物文様研究家/日本図案家協会準会員)