銭や、銭やで!!
人間どないにキレイごと言うたってやっぱり銭やろ(なぜか大阪弁)。世のなか、銭(お金)がなくては生きていくことはできません。というワケで、一度は耳にした、または参拝に行ったという方も多いであろう、あの銭洗弁財天宇賀福神社(ぜにあらいべんざいてんうがふくじんじゃ)に行ってきましたのでご報告いたします。
ここにも御神木がありました。
ついついその名の「銭を洗う」ことに気を取られがちですが、せっかく来たので社務所に立ち寄り「こちらに御神木はありますか?」と伺うと、なんとなんとありました! クスノキが境内にひっそりと忘れたらようありました。このクスの木に大きなパワーがあるのか、鎌倉の霊気を受けて育ったためか、凛とした空気を漂わせていました。ちなみに、クスノキの生薬名は「樟脳(しょうのう)」。語源は、特有の匂いがあるので「臭し(くすし)木」、防虫剤や鎮痛剤として知られたことから「薬の木」が語源になったとされています。
銭洗水は鎌倉五名水のひとつだった
御神木のクスノキは凛として精気を発するようにも見えました。これは、銭洗水が鎌倉五名水のひとつだからかも。ちなみに、水質に恵まれないといわれる鎌倉の湧き水の中でも、質が良い清水が湧き出る五つの泉を鎌倉五名水と言います。今ではその清水を体感できる場所は、梶原太刀洗水、日蓮乞水、銭洗水の三か所だけになり、金龍水と不老水は埋められてしまったとか……。
銭洗弁財天宇賀福神社とは…
その御神体は、体は蛇で頭は人の形をしている水の神。銭洗水が鎌倉五名水というのは、なんとなく納得です。ここに神社ができた由来は、平安時代末期、世のなかは災害や飢饉で人々を苦しみから救うため、鎌倉幕府の初代将軍だった源頼朝が日夜神に祈っていると、巳の年の1185(文治元)年、巳の月、巳の日の夜の夢にひとりの老人が現れ、「我はこのかくれ里の主、宇賀福神である。ここから西北の方にある一つの谷の岩の間から湧き出ている泉から水を汲み、神仏を供養せよ」と言ったのち姿を消したのだとか。
頼朝は家来たちにその場所を探させ、湧き出ている泉を見つけると石工に命じて穴ぐらを掘らせて、社をつくり宇賀福神を奉り毎日その水を運んで供えると、不思議なことに人々は安楽な日々を送ることができるようになったのだと。その後、第五代執権北条時頼もこの神を敬い参拝し、「銭をこの水で洗い清めれば福銭となり一家は栄え、子孫は長く安らかになるであろう」と、自ら持っていた銭を巳の日に洗って祈ったことから、人々も銭を洗い清めるようになったのだそうです。今では、銭洗水で銭を洗えば、霊水パワーでお金が倍になるといわれるようになったとされています。
銭や~~! しかし、参拝にはルールがあった
正しい参拝のルールは、岩のトンネルの入口からお参りに出発。トンネルを抜けるとそこは神秘の世界ですが、ここから先、筆者のように欲だけで「奥宮(おくみや)」にダッシュしてはいけません。お清めのための手水舎で手を清め、口をすすぐこと。そして、持参してない場合は、社務所でロウソク・線香・お金を洗う際に使用するザルのお参り三点セットを購入。ロウソクは光を、線香は邪気を払ってくれるのだそうです。さらに売店でご奉納用の生卵。これは弁財天さんのお使いの蛇の好物とされているからです。それから奥宮、本社、上之水神(かみのすいじん)、下之水神(しものすいじん)、七福神社を巡り、再度奥宮に行きここではじめて銭を洗うのだとか。
ちなみに、金運を呼び込む銭の洗い方は、お札の場合はビニールで覆ってお札の端が濡れる程度に。濡らした銭はすぐに使うと、折角のご利益がなくなるだけではなく、金運の神様から見放されるので注意。洗った銭は、ここぞという時に使うのがオススメです。
銭洗いで清めた銭で、植えても植えても枯れるバナナの苗でも購入してみようかなと思っている筆者です。
- 『銭洗弁財天宇賀福神社』:鎌倉市佐助2-25-16
(日本民間生薬検定(中級)・グリーンアドバイザー 藤依里子)