キモノの文様ではあまり目にしない蓮文
今回は、染織の文様ではなぜかあまり目にしないハスを図案化した「蓮文(はすもん)」をご紹介したいと思います。とはいえ、ハスは仏教のなかでは欠かせない花のひとつです。
仏教においてハスは、五つの特徴から蓮華の五徳が知られています。この蓮華の五徳とは、
- 『淤泥不染の徳(おでいふぜんのとく)』
淤泥とはドロのこと。ドロの中で育ってもハスにそのドロに染まらぬ美しさがあるということ。ようは、生き方に育つ場所は関係ないということのようです。 - 『一茎一花の徳(いっけいいっかのとく)』
ハスは伸びた茎にひとつの花を咲かせるという意味。ひとりはひとりずつ違いがある、ということでしょうか。 - 『花果同時の徳(かかどうじのとく)』
多くの植物は花が散り果実が膨らみますが、ハスは花が咲くと同時に実を付けます。花だけが大切ではないということのように感じませんか。人にたとえるなら、若さだけがすべてではないというように感じます。 - 『一花多果の徳(いっかたかのとく)』
ハスはひとつの花に多くの実をつけますね。これは人はひとつの生き方に縛られることはない、というふうに受け取れるのは筆者だけでしょうか。 - 『中虚外直の徳(ちゅうこげちょくのとく)』これは、茎にいくつかの空洞があるということ。ちなみに外直はまっすぐということで、これって人の志のようにも感じます。
さらにこの蓮華の五徳は極楽に生まれ変わる人の心だとされています。とすると、本来ハスは吉祥と結びつき縁起がよいもののはずですよね。しかし、ハスの花をモチーフにした蓮文は染織などであまり見ることがないのです。
蓮文、見つけた! やはり黒!?
芸術新聞社の『日本の文様春夏秋冬花尽くし』の制作時に、蓮文探しをしたことがあります。お寺などでは探すことができましたが「染織でないかしら?」と探してみたのですがなかなか見つけることはできず、喪服用の帯の中でやっと発見することができました。これって、ハスは日本では仏教と結びつくことから葬儀を連想させ、死をイメージさせるというのが理由のようです。使い方にはやや注意が必要な文様のひとつかも知れませんね。
ロータスは縁起がいい!?
とはいえ、最近は華やかな色使いでハスの美しい花を描いたものが浴衣や帯で使われるだけでなく、小物などでも登場しています。また、中国料理店などでは飾り皿や大皿でハスはよく図案化されています。なかでも、白鷺とハスを組み合わせて描いたものは「一路連科(いちろれんか)」と呼ばれ、「鷺(lu)」と「路(lu)」、ハスの実のことを言う「蓮顆(lianke)」と「連科(lianke)」が同音のことから、立て続けに科挙(※6世紀ころから中国で行われた高級官僚を登用するための試験制度のこと)に合格するように願いが込められたものなのだとか。
ほかにも、ハスとカワセミを組み合わせ図案化されてものなどもあります。カワセミはその美しささから「翡翠(ひすい)」の文字があてられることにあるようです。
ハスは生薬でも
筆者の考えですが、日本の植物文様の多くには薬効があるように思います。ということで、ハスについても調べて見ました。ハスの生薬名は「蓮肉(レンニク)」。薬用としては内果皮の付いた種子が使われ、鎮静、滋養強壮などの作用があるとされています。ちなみに、蓮根(レンコン)は民間療法では咳やのどの痛みなどの風邪の症状の改善に役立つとされ、今でもレンコン喉飴などが売られています。
参考サイト:https://www.takeda.co.jp/kyoto/area/plantno5.html
(藤依里子 植物文様研究家/日本図案家協会準会員)