エバーグリーンは、この春の正式稼働をめざして、急ピッチで準備をしています。そんなエバーグリーンの「草木花を愛でる人たちが探求心を深める場を提供することで彼、彼女らの人生にさらに豊かさをもたらす」という理念に共感して、植物の専門家の視点でアドバイザーをしてくださる方々がいらっしゃいます。エバーグリーンポストでは今回、この中のお二人、ニシハラサイコさんと佐々木知幸さんに植物への熱い想いをお聞きしました。2回にわたってお届けします。
1回目は、お二人と植物の出合いやお仕事について伺います。実はニシハラさんと佐々木さんは、千葉大学園芸学部そして就職先の先輩と後輩にあたるのだそうです。「植物好き」ということはもちろんですが、お話を伺っているうちにいくつもの共通点も見つかりました。
今回お二人にお話を伺ったのは、鎌倉のカフェ。なぜ鎌倉かって!? それは2回目の記事で明らかに。
子どものころのあだ名は「博士」
— お二人は同じ千葉大学の園芸学部のご出身ですよね。
ニシハラ:私は生物生産科学科、内容としては園芸学科です。園芸学の対象となるのは観賞用の植物で、私は花卉園芸学研究室だったので、対象は庭先やお花屋さんの花になります。
佐々木:僕は緑地・環境学科、中身でいうと造園学科の出身です。
— 園芸学部を選んだ経緯を教えてください。
ニシハラ:中学生のときは、アリの行列を見ていて学校に遅刻するような子どもでした。小学校に入学するまではアメリカのサクラメントに住んでいて、休みになると家族でロッキー山脈に出かけることもありました。グリズリーや野生のシカが現れるような場所でしたね。
植物も動物も好きだったので、いつの頃からか、漠然と生物系の勉強をして科学者になりたいと思っていました。生まれて初めてクリスマスにねだったのは百科事典一揃い(笑)。父が農芸化学の学者で、子どものときから大学の研究室に出入りしていたり、父の実験動物であるカエルの水槽が私の部屋にあったりといった環境も影響していたかもしれません。
現役のときは、理学部の生物科を受験したのですが、浪人の秋にたまたま研究室の先生が書かれた青いバラの育種についての本を読んで、「これだ」とひらめいて、園芸学部に志望を変更したんです。専攻もバラでした。
佐々木:僕の父方のおじいちゃんが植木が大好きだったんです。サツキの盆栽を置いた棚で庭の1/3が埋まるくらいでしたよ。実家にも、いろいろな植物が植わっていました。母方のおばあちゃんも野草が大好きで花の名前をずいぶん教えてくれました。田舎でしたから近くの田んぼで生き物を捕まえることもあったし、釣った魚を飼ったり、ミジンコを観察したりもしていましたね。小学校のときは、本もよく読みました。勉強が大好きで成績も良かったので、あだ名は博士でした。
ニシハラ:あら、私も博士と呼ばれていたわ(笑)。
佐々木:大学を決めたきっかけは、当時好きだった女子が千葉大に行くと聞いたからです。結局、彼女は鹿児島大学に行ってしまいましたけどね。また、これからは環境が大事になるだろうなと漠然と思っていたこともあって、環境と名前の付く学部をチェックした結果、学費も高くなく、近所で通える千葉大学に決めました。
知りたいから楽しい勉強
— そして楽しい!? 大学生活が始まったんですね。
佐々木:1年生のときの園芸学部の先生方による専門科目のダイジェスト版の授業が、とてもおもしろかったんです。ひとつの学科の中に、いろいろなジャンルの学問が、広く、バラエティに富んでいるんです。まるでおもちゃ箱みたいでした。土壌の物理性に関する研究をしている先生がいると思うと、庭園のデザインや僕の恩師のように森林の研究をしていたり、また別の先生は、森がどんな風に人間の文化に受け入れられているかという文化史の研究をしていたり……。ひとつの学科なのに、文系も理系も物理系も生物系も林学も農学もデザインもあるんです。
理学部、心理学、論理学、宗教史、思想史と、一般教養の授業をたくさん受けました。同じお金を払っているのに、授業の間、遊んでいるなんて僕にはまったく意味がわかりませんね。うちは決して裕福ではありませんでしたから、奨学金をもらっていたし、授業料も一部免除してもらっていました。だから、悪い成績を取るなんてできませんでした。
2年になって、専門に移って植物の勉強を深める中で実習が始まり、改めて植物が好きだということに気付きました。僕は、学生の中では植物の名前をよく知っていたので、同級生たちに重宝されましたよ。子どもの頃からの経験もあったのでしょうか。当時はちやほやされるのもうれしかったです(笑)。
植物のプロフェッショナルとして生きるということ
— 奇しくも同じ会社に就職されています。
ニシハラ:博士課程の途中で研究に行き詰っていたとき、教授が「論文を書くのか、就職するのかどちらかに決めろ」言うので、「就職します」と答えたら、「お前はこの会社に向いているから」とアボック社に入社することになりました。この会社では、植物園などで植物に付けるラベルを作ったり、植物に関する専門性の高い看板を作ったりしています。私も、幼稚園向けの学習教材や植物園の園路に沿ったストーリーやビジュアルを考えてラベルを作ったり、植栽計画を考えたり、さまざまな仕事を経験しました。地道に調べて文章を書くスタイルは研究室時代から変わりません。今もメインはアボック社の仕事ですが、依頼があれば調査や執筆など、フリーの仕事もお受けしています。
佐々木:僕は卒論が忙しかったこともあり、就活をするという思考はまったくありませんでした。大学在学中にアルバイトをしていたアボック社では「このまま入るんだよね」という雰囲気があり、紆余曲折の末、入社することになりました。最初は、西原さんと同じセクションで本の編集やパンフレットなどを作っていましたが、そのうち営業に移りました。大きな会社ではないので、営業とはいえ、問い合わせから設計、工事までフィニッシュまですべての仕事を全部自分でやるんです。大変ではありましたけど、大学で学んだ植物の知識を仕事に活かせたことはとても良かったと思います。
6 年勤めましたが、忙し過ぎたことで体調を崩してしまい、結局辞めることになりました。その後、しばらくは実家に引っ込んでいましたが、前に一緒に仕事をしたことのある近くの造園コンサル、設計会社に就職しました。公園の設計を始め、いろいろな仕事をさせてもらいました。この会社の社長は樹木医でしたから、樹木医の仕事の内容を身近で見られたのは良い経験でした。そして、2年間この会社で働いた後、独立して、今に至っています。
「樹木医」は植物のお医者さん
—「樹木医」という言葉が出てきましたが、「樹木医」はどんなことをするのでしょう。
佐々木:シンプルにいえば、樹木のお医者さんです。例えば、お寺の境内にあるような大きな木が腐ってきたとします。でも天然記念物に指定されているその木をどうしても守らなくてはいけない。そういうときには樹木医が出動します。この場合は、人間でいえば、外科のお医者さんですね。悪いところは、根なのか、幹なのか、葉なのか。薬を撒くのか、手術が必要なのか。人間のお医者さんが、盲腸のときに薬で散らすべきか、手術をすべきか、判断するのと同じです。
行政の依頼で街路樹診断をすることもあります。放っておくと事故につながることもあるんですよ。何年か前にも、街路樹が倒れてタクシーに当たったというニュースがありました。腐っていても外から見えないケースもあるので、1本ずつハンマーで叩いていって、この木は治療、こっちの木は伐採するという判断をしていくんです。
今お話ししたことは、どちらかといえば、もう「死にそう」な樹木に対しての治療だったり、「死の宣告」だったりするのですが、最近は、そうならないための予防医学のような考え方も大切だなと思うようになってきました。
僕たちが病気になったときも、熱が出たり、お腹が痛かったり、歯が痛くなったり、症状が出てから病院へ行きますよね。でも症状がひどくなってから病院に行けば、さまざまな薬を飲んだり、もしかしたら手術をしたりしなくてはならないかもしれません。お金も時間も手間もかかるんです。樹木だって同じです。木を植えるときには、できる限りいい状態にして植えてあげる、病気にならないように手入れをするなど、予防医学的な考えが必要だと思うんです。
— 実際に佐々木さんは、「樹木医」として、どのようにお仕事に関わっていらっしゃるのですか?
佐々木:樹木の診断や治療、公園設計、一般の方向けのガイドなどをしています。公園設計をするときでも、ガイドをするときでも、以前と同じことを言った場合でも、「樹木医の話」ということで、より話に耳を傾けていただけるようになった気がします。
実は樹木も、土が湿っている、乾いている、固い、柔らかい、肥えている、肥えていないなどの好みがあるんですよ。だから、公園設計をする際にも、一概にデザイン的にこの木がいいということだけでは植えられないんです。そういった判断が必要なシーンでも、「樹木医」である僕の提案は聞いていただきやすくなりました。
— ニシハラさんも公園設計のお仕事をされているのですよね?
ニシハラ:公園を設計する際は、景観もとても大切ですが、それだけを重視してしまうと、1カ月で全部がダメになってしまうケースもあり得ます。ですから、いかに植物のストレスが少ない状態のなかで、景観を長く維持できるかということが重要なんです。
例えば、明治神宮の森は、100年先を見越して計画され、作られました。明治時代に計画されてからそろそろ90年目です。明治時代に考えて作った森の景観が、だいたい当時の予想通りになってきているんですよ。
佐々木:そういう意味では、昔は「樹木医」という資格はなかったけれど、同じような仕事をされていた方はいたんです。でも残念ながら、資格というものがないと、そういう専門性の高い仕事に対して、妥当な報酬が与えられないことも事実です。専門性も知識も技術もあるにも関わらず、技術者の人たちがなんだか下に見られてしまっていますよね。世の中の人みんながそれらの人たちをリスペクトしていたら、「樹木医」の資格などいらないんですけどね。
専門家のお二人にスポットライトを当てた前編いかがでしたか?続く後編ではお二人にお聞きした植物についてのお話をお届けします。
— 後編へ —
植物に対するあくなき偏愛が嵩じて、一般向けのエコツアーを鎌倉や都内を中心とした各地で開催。
植物や自然を知りたいけれど、機会がなかった人の背中を押すのを自らのミッションとしている。
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