種ができても芽が出ないのに、なぜ日本中にいる?
— ヒガンバナが田んぼのあぜを染める理由 —
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秋の彼岸が近づくと、何の前触れもなかった地面から細い茎がすっと伸び、朱赤の炎のような花が一斉に開く。ヒガンバナ(彼岸花)、学名 Lycoris radiata var. radiata。図鑑によれば果実は蒴果で「種子はほとんどできず、できても発芽しないことが多い」という。それなのに、なぜ北海道から琉球まで、あれほど広く群れているのか。答えは、この花の奇妙な来歴と、人と植物が結んだ長い関係のなかにある。
葉より先に花だけ咲く——独特のライフサイクル
ヒガンバナの姿でまず目を引くのは、葉が一枚もないところに花だけが立ち上がる光景だ。図鑑によれば、葉は開花後に出て、越冬し、翌春の3〜4月ごろに枯れる。夏は休眠するため、地上部はまったく見えなくなる。そして彼岸の頃、またいきなり花茎だけが顔を出す。
鱗茎から伸びる花茎は高さ30〜60cm。先端に散形花序をつけ、数個の花を放射状に並べる。花は朱赤色の6弁花で、披針形の花被片は強く反り返り、雄しべと雌しべが長く突き出る。その形がクモの脚を連想させることから英語では "red spider lily"(赤いクモユリ)と呼ばれている。
「三倍体」という秘密——種に頼らず日本中へ
図鑑には「果実は蒴果で、種子はほとんどできず、できても発芽しないことが多い」とある。実が付いても、そこから次の世代が育つことはめったにない。この不思議の鍵は染色体の数にある。
生きものの細胞は、ふつう同じ染色体を2組ずつ持っている。花粉や卵をつくるときにこれを1組ずつに分け、受精でまた2組に戻る——これが種子ができる仕組みだ。ところが日本のヒガンバナは染色体を3組持つ「三倍体(さんばいたい)」。3組は半分ずつに分けられないので、正常な花粉や卵ができず、種子も実らない。金沢動物園の解説は、中国揚子江沿岸を原産とするヒガンバナがいつ頃・どのような経緯で日本に入ってきたのかは「諸説あり、よくわかっていません」としたうえで、次の一点を指摘する。
我が国のヒガンバナはすべて3倍体なので実で殖えることはありません。最初のたったひとつの不稔(ふねん)の個体から分球(ぶんきゅう)をくりかえすことで殖えてきたとしか考えようがないのです。 — 金沢動物園「ヒガンバナの不思議」
つまり、日本中のヒガンバナはたった一つの株の分身ということになる。鱗茎が分かれて増える「分球」だけで、北海道から琉球まで広がったわけだ。そしてこのことを最初に指摘したのは牧野富太郎博士(明治40年)だったと同園は記す。
種で勝手に広がれないということは、群落のひとつひとつが「人の手で植えられた」証拠でもある。図鑑が「古くに中国から渡来した史前帰化植物」と記すのはそういう意味だ。来歴の詳細は定かでないが、人が持ち込み、代々植え継いできた結果が、今日の田んぼのあぜや路傍の眺めなのである。
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有毒ゆえに植えられ、有毒ゆえに食べられた
図鑑の「利用」欄には、ひとつの矛盾のように見える記述が並ぶ。「鱗茎は有毒ですが、薬用にされます」「飢饉の時には水に何度もさらして毒を抜き、でんぷんを取り出して食用としました」。
鱗茎にはアルカロイドが含まれ、有毒植物として知られる。しかし先人はこの毒を逆手に取った。金沢動物園の解説によれば、墓地・土手・田んぼの畦に植えられただけでなく、壁土に塗り込まれたり、球根から作ったでんぷん糊がふすまの下張りに使われたりもしてきた。いずれも「ネズミ・モグラなどの小動物が穴をあけたり、ものをかじったりする害を防ぐため」だという。一方で鱗茎にはでんぷんが豊富で、水にさらして毒を除けば非常食にもなる——毒があるから守られ、毒があるから役立てられた、というわけだ。
暮らしに深く入り込んだ植物だからこそ、呼び名も多い。図鑑の「名前」欄には、ヒガンバナ(彼岸花)と曼珠沙華のほか、英名が並ぶ——hurricane lily(ハリケーンリリー)、red spider lily(赤いクモユリ)、red magic lily(赤い魔法のユリ)、equinox flower(彼岸=昼夜の長さが等しくなる日の花)、resurrection lily(よみがえりのユリ)。葉のない地面から突然咲き上がる姿を、英語圏でも「魔法」「よみがえり」と受け取ったことがうかがえる。「備考」欄は、これでも足りないとばかりに「非常に多くの別名があります」と付け加える。
その広がりを金沢動物園の解説はこう伝える。「曼珠沙華をはじめとして、死人花、ユウレイバナなど日本全国で1,000を超える方言、異名がある」。
花色に変異が現れることも知られており、エバーグリーンのQ&Aでは専門家がこう述べている。
サーモンピンクのヒガンバナとしてよく紹介されているものですね。この色が毎年咲くのか、除草剤の影響で花色が薄くなったものなのか確認が必要です。 — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2020年9月、質問#17470)
遺伝的な個体差なのか、環境要因(除草剤など)による変色なのかは、継続して観察することで確認する必要があるという。
仲間を見分ける — 同じ属の花々
ヒガンバナ属(Lycoris)には、彼岸の頃に近い季節に咲く仲間がいくつかある。
よく混同されるのがシロバナマンジュシャゲ。図鑑によれば草丈・開花期ともヒガンバナとほぼ同じで、花色が白い。この白花について金沢動物園は「2倍体のヒガンバナとショウキズイセンの自然交雑種と考えられています」と記す。そのショウキズイセンは花色が橙〜黄で、9〜10月に咲く。キツネノカミソリは8〜9月とやや早く、赤・橙・黄の花色を持つ。花の形や色で見分けると、秋の野を歩く楽しみが広がる。
育て方のポイント
図鑑の栽培についての記述によれば、ヒガンバナの増殖は分球による。数年は植えっぱなしでも大丈夫で、日当たりと水はけ・水もち・通気性のよい土壌を好む。過湿は嫌い、「病虫害は特にありませんが、過湿になると軟腐病が出ることがあります」とある。図鑑の「病害」欄に挙げられている病気も、この軟腐病ひとつだけだ。
同じく栽培についての記述では、葉のない休眠中(夏)は日陰で乾燥気味になるほうがよいとして、地植えなら落葉樹の下や夏草の間に植え込むのがよいとしている。落葉樹の下であれば、花が咲く秋は日が差し込み、休眠中の夏は葉陰で適度に遮られるからだ。施肥は花後にリン酸・カリ分の多い肥料を与える。花が終わったら、花首のところで折り取っておく。
花後の手入れについては、エバーグリーンの編集記事「マンジュシャゲの花後の管理」(渋谷区ふれあい植物センター・宮内元子)がさらに具体的だ。球根を植えつけるときは球根の大きさ3個分を植え込む深さの目安にすること、深く植えすぎると花数が減ること、日当たりが悪いと花付きが悪くなること。そして冬の間に月1回程度の化成肥料を与えると、花色がはっきりし、分球も促されるという。庭に植えておけば水やりも植え替えもほとんど要らない、手間いらずの植物だとも同記事は書いている。
エバーグリーンのQ&Aでも、専門家が増え方についてこんな一言を残している。
すごい勢いで増える植物ではないです。 — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2021年9月、質問#21446)
分球で少しずつ株が増えていく植物なので、庭に植えても急に広がりすぎる心配は少ない。花壇やグラウンドカバーとして取り入れやすい植物だ。
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→ 図鑑で「ヒガンバナ」の詳細を見る