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果皮を捨てて、裸で熟す
— ヤブランの黒い粒 —

秋の日陰の庭で、ヤブランの穂に黒くつやめく粒が並びます。この粒、じつは果実ではなく種子です。多くの植物が種子を果実で包んだまま熟すのに対し、ヤブランは果実の皮が早々に破れて落ち、むき出しの種子がそのまま黒く熟していく——ヤブラン属やジャノヒゲ属に見られる、少し変わった性質です。

ヤブランの花穂
ヤブラン Liriope muscari / 写真: エバーグリーン植物図鑑

果皮が早々に落ちて、種子がむき出しのまま熟す

ふつうの植物は、果実の中に種子が包まれたまま熟します。ところがヤブランは違います。エバーグリーン植物図鑑の記載を読むと、その特異さがはっきりします。

果実は早期に果皮が脱落するため、径6〜7mmの丸い種子が露出して光沢がある黒紫色に熟します。 — エバーグリーン植物図鑑「ヤブラン

つまり、私たちが「黒い実」と呼んでいるものの正体は裸のまま大きくなった種子です。日常語の「実」はトチの実やイチョウの実(銀杏)のように種子を指すこともあるので、「実」と呼ぶこと自体は間違いではありません。ただ植物学的にいえば、これは果実ではなく種子ということになります。公益財団法人ニッセイ緑の財団も、ヤブランやジャノヒゲの仲間について「花後、果実の皮が早くに破れて落ちてしまう。そのため我々が見ているのは果実(実)ではなく、種子(種)」と説明しています。庭でごく普通に見かける植物が、じつは教科書どおりでない実り方をしているわけです。

黒紫色に熟したヤブランの種子
熟した種子。黒紫色に光る
緑色の若いヤブランの種子と花
若い粒は緑色。花と同居することも
穂に多数並んだヤブランの黒い種子
穂に整然と並ぶ
果皮が落ちたあと、むき出しの種子が緑から黒紫へと熟していく / 写真: エバーグリーン植物図鑑(ヤブランの投稿写真)

万葉集の「菅の実」も、じつは種子だった

この話には、千年をこえた続きがあります。ヤブランは古くはヤマスゲ(山菅)、あるいは単にスゲ(菅)と呼ばれていました。万葉集に、柿本人麻呂のこんな歌が収められています。

妹がため、菅の実摘みに、行きし我れ、山道に惑ひ、この日暮らしつ — 万葉集・柿本人麻呂(公益財団法人 ニッセイ緑の財団「みどりと花の歳時記 303.《ヤブラン(藪蘭)》」より)

愛しい人のために「菅の実」を摘みに行き、山道に迷って一日を過ごしてしまった——そんな歌です。同財団の記事は、この歌を紹介したうえで「我々が見ているのは果実ではなく種子」と述べ、人麻呂が摘みに行った「菅の実」も、果実ではなく種子だったことになる、と結んでいます。恋の歌に無粋を承知で付け加えるなら、彼が一日がかりで探したのは、裸のまま熟した種子だったわけです。

「これは何の実?」— Q&Aに毎年届く問い合わせ

エバーグリーンのQ&Aには、この黒い粒についての質問が繰り返し寄せられます。葉しかなかった株に突然黒い粒が並ぶので、正体がわからず戸惑う方が多いようです。

ヤブランの実です。 — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2020年10月、質問#17748

日常の会話では「実」と呼んで差し支えありません。ただ、その内実を知っていると、秋の庭を見る目が少し変わります。

斑入り、白花 — 庭で親しまれる多彩さ

Q&Aを眺めると、斑入り品種の問い合わせが目立ちます。葉に白や黄の縦縞が入るタイプは、花のない時期も観賞価値が高く、日陰の庭で人気です。

斑入りのヤブランですね。 — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2023年5月、質問#23975
ヤブラン ピュラブロンドという品種です。 — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2021年9月、質問#21311
斑入り葉のヤブラン
斑入り品種。葉に白い縦縞
白花のヤブラン
白花のタイプ
写真: エバーグリーン植物図鑑(ヤブランの投稿写真)

白花のタイプもあり、エバーグリーン図鑑にはシロバナヤブランが別に登録されています。斑入りの葉と黒い粒のコントラストは、秋の日陰でとりわけ映えます。

よく似た植物との見分け

細長い葉のため、ほかの植物と混同されることがあります。Q&Aでは専門家が識別のヒントを示しています。

ヤブランですね。ケイビランは葉の形がもっと幅広ですし違いますね。 — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2020年12月、質問#18704
アマリリスとヤブランは葉の質感、肉厚さが違うので、触った感じで分かると思います。 — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2021年10月、質問#21701

ケイビランとは葉の幅、アマリリスとは葉の質感が手がかり。秋であれば、黒くつやのある粒の列も目印になります。

草姿と分布

エバーグリーン植物図鑑によれば、ヤブランはキジカクシ科ヤブラン属の常緑多年草。草丈20〜50cm、根生する線形の葉は長さ25〜70cm、幅0.6〜2cm。花期は7〜10月で、長さ8〜25cmの総状花序に35〜200個もの小花をつけます。花色は紫〜ピンクで、花柄も紫色を帯びます。

学名は Liriope muscari (Decne.) L.H.Bailey。国立科学博物館の「琉球の植物 データベース」でも同じ学名が採用され、科名はクサスギカズラ科、広域分布は「本州〜九州;朝鮮(南部),台湾,中国」と記載されています。同データベースは南西諸島の植物を対象としたもので、奄美大島・沖縄島・石垣島・西表島など多くの島から標本に基づく分布が記録されています。エバーグリーン植物図鑑の「本州・四国・九州・琉球から朝鮮南部・中国・台湾」という記載とも整合します。

根の一部が楕円状に膨らむのも特徴で、図鑑にはこの膨らんだ部分を薬用とすると記されています。地上では黒い種子、地下では膨らんだ根。株のあちこちに見どころのある植物です。

育て方 — 日陰の庭の定番

丈夫で環境を選ばないことが、ヤブランが庭で長く使われてきた理由です。図鑑の栽培情報によれば、日向から日陰まで対応しますが、日陰では花つきが悪くなります。葉を楽しむなら日陰でも十分、花と種子まで楽しみたいなら明るい半日陰が向きます。

土質は選ばず、水やりは鉢植えなら表土が乾いたらたっぷりと、地植えは降雨にまかせます。肥料は地植えなら不要、鉢植えは春と秋に緩効性化成肥料を。病虫害は特になく、増殖は株分けによります。用途も鉢植・花壇・公園・庭園・壁面緑化・コンテナ・ベランダ・ハンギングバスケットと幅広く登録されています。

今年の秋、庭や公園でヤブランの黒い粒を見かけたら、少し立ち止まって眺めてみてください。つやつやと光るその粒は、果皮という衣を早々に脱ぎ捨て、裸のまま秋の日差しの中で熟した種子です。身近な植物が、じつは教科書どおりでない実り方をしている——そんな小さな発見が、散歩を少し楽しくしてくれます。

→ 図鑑で「ヤブラン」の詳細を見る

参考資料

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