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国蝶オオムラサキを育てているのはこの木だった
— エノキ、一里塚から蝶の食樹まで —

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街道沿いの塚の上、神社の境内、公園の片隅——どこかで目にしたことのある大木が、エノキです。アサ科エノキ属の落葉高木で、日本(本州・四国・九州)、朝鮮、中国に分布します。樹高20〜25mにもなるこの木が、江戸時代の旅人の目印となり、実は日本の国蝶オオムラサキを支える「揺りかご」でもあることを、今回は紐解いていきます。

エノキの冬姿——細い枝が傘状に大きく広がる
エノキの冬枯れの樹形。枝が横に張り出して傘状に広がる様子がよくわかる / 写真: エバーグリーン植物図鑑

傘を広げたような樹形と、光沢ある葉

エノキの姿を一言で表すなら「大きな傘」。枝は横に張り出してよく枝分かれし、全体として傘状の樹形をつくります。葉は互生する単葉で、長さ4〜9cmの広楕円形〜広卵状楕円形。左右が不相称で、葉の上半分にのみ少数の鋸歯があります。葉の基部からは3本の脈が走り、質はやや硬くて厚く、表面には光沢があります。

エバーグリーンのQ&Aコーナーでは、専門家の方がエノキを見分けるポイントについてこう述べています。

平滑な樹皮と葉の様子から、エノキですね。樹木の場合は、落ち葉でもいいので、葉の形や葉脈ながしっかりわかる写真を撮るよう心掛けてください。(原文ママ) — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2022年11月、質問#23563)

灰白色で平滑な樹皮と、光沢ある葉——この二点がエノキを見分けるうえで有力な手がかりです。秋には葉が黄葉し、径6mmほどの球形の核果が赤橙色に熟します。この実は甘く、野鳥にも好まれます。

エノキの灰白色で平滑な樹皮と、うねるように広がる幹
灰白色で平滑な樹皮。うねるように曲がった幹が特徴的
エノキの緑色の丸い実(未熟果)と卵形の葉
丸い実(写真は未熟果で緑色)と卵形の葉。熟すと赤橙色になる

花は4月〜5月、小さく目立たない

ちょうど今の時期、エノキは花を咲かせています。花には雄花と両性花があり、雄花は若い枝の下部に集散花序をなす小さな4弁花。両性花は若い枝の上部の葉腋に単生または2〜3個束生します。いずれも小さく目立ちませんが、葉と同時に展開する若い枝を探すと出会えます。

また、Q&Aでは幼木が思わぬ場所に現れることも確認されています。

エノキの子供ですね。鳥の落とし物でしょう。 — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2021年5月、質問#20296)

実を食べた野鳥が種を運び、コンクリートの塀の根元や思いがけない場所から芽吹くことがあるのです。種子は乾燥すると発芽率が極端に落ちるため、実生で育てる場合は熟した果実を採り、果肉をよく水で洗い流して、とりまきにします。

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江戸の旅人を導いた「一里塚のエノキ」

エノキといえば、もう一つ外せない話題があります。一里塚です。図鑑には「丈夫で大木になるので街道沿いの一里塚に植えられたため、現在でも各地で名残がみられる」とあります。

一里塚とは江戸時代、主要街道に一里(約3.9〜4km)ごとに道の両側へ築かれた距離標です。名古屋市の東海道沿いに現存する一里塚のエノキは「エノキの状態からも江戸時代に植えられたものと思われ、かつての東海道の面影を偲ぶ手がかりとなっています」と紹介されており、今も樹高7.5m・幹まわり3.05mの姿で立ち続けています。

なぜエノキが選ばれたのか。大きく育って夏には旅人に木陰を与え、遠くからでも見える目印になること、そして丈夫で長命であることが理由とされています。図鑑にある「古くから霊力のある木とされ、寺社の境内に植えられてきた」という記述とも重なります。各地の街道沿いで今もたくましく立つエノキには、旅人を見守ってきた長い時間が積み重なっています。

エノキの大木——幹に大きなコブをもつ老木の姿
幹に大きなコブをもつ老木のエノキ。長い年月を物語る

国蝶オオムラサキとゴマダラチョウの「食樹」

エノキの図鑑備考欄には、こう記されています——「オオムラサキやゴマダラチョウの幼虫の食餌木です」。

オオムラサキは1957(昭和32)年に日本昆虫学会により国蝶に指定された(三原市)、日本を代表するタテハチョウ科の蝶です。個体数が減少傾向にあるため、環境省のレッドデータブックで「準絶滅危惧(NT)」に指定されており、その保護活動は全国各地で続けられています。その幼虫が成長するために欠かせない食樹が、ほかならぬエノキ(暖地)またはエゾエノキ(寒冷地)です。

幼虫は孵化後、落葉とともに木を降り、根元付近の落ち葉の裏で越冬します。春先、再び木に登り、脱皮を繰り返して蛹となります(国土交通省・太田川河川事務所)。ゴマダラチョウの幼虫もエノキを食樹とし、秋には木を降りて落ち葉の中で越冬して、翌春に樹木に登って蛹化します(環境省「代表的な昆虫20選」)。国立研究開発法人・森林総合研究所多摩森林科学園によれば、両種の幼虫が同じ落ち葉の上で越冬していることもあるといいます。

つまり、エノキの大木が1本あるだけで、国蝶の繁殖地になり得るのです。

鬱蒼と茂るエノキの大木——濃い緑色の葉を豊かに広げた全体の姿
夏、濃い緑色の葉を豊かに広げたエノキの大木。幼虫たちの揺りかごとなる

実で遊び、材を生かす——人との深い関わり

エノキと人との関わりは、神聖な場所への植栽や一里塚だけにとどまりません。図鑑の利用欄には「実を竹筒につめて打ち出す『えのみ鉄砲』という遊びがあります」と記されています。小さく丸い核果を竹筒に詰め、空気圧で打ち出す——子どもたちが身近な自然を遊び道具にしてきた知恵です。材は建築・薪炭材にも利用されてきました。

栽培面では、東北地方南部以南が植栽適地で、日向〜半日陰の湿潤な環境を好みますが、土質を選ばずによく育ちます。大木になるため広いスペースが必要ですが、根付いてしまえば水やりも特に必要なく、手のかからない樹木です。用途適性は盆栽・生垣・公園庭園・街路樹と幅広く登録されています。

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