夏に消えて、秋に突然現れる
— 毎年「これ何の花?」と聞かれる草、ツルボ —
堤防や草地、林縁の日当たりのよい場所で、すらりと伸びた花茎の先に小花を密につけるツルボ。淡い紅紫色の6弁花が穂状に連なる姿は、夏から秋の野原を静かに彩ります。キジカクシ科ツルボ属の多年草で、日本では北海道西南部から琉球まで広く分布します。じつは、夏に姿を消して秋に突然あらわれる暮らしぶりや、飢饉を支えた球根の物語、宮廷の道具になぞらえた雅な別名など、小さな体に見どころの多い植物です。
「ツルボです」— Q&Aに寄せられた問い合わせ
夏から秋にかけて、エバーグリーンのQ&Aコーナーには「この花は何ですか?」という投稿が毎年のように届きます。堤防沿いや草むらで見かけた淡い紅紫の穂、それはたいていツルボです。専門家の方々も手短にこう答えています。
ツルボです。 — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2021年8月、質問#21296)
ツルボです~ かわいいですね — エバーグリーンQ&A 専門家回答(2021年8月、質問#21262)
毎年8〜9月になると同じような投稿が繰り返されます。じつはこれには、ツルボならではの「暮らし方」が関係しています(後述)。身近でありながら名前が知られにくい植物のひとつで、見つけたとき名前がわかると小さな喜びがあります。
姿かたちを知る — 鱗茎・葉・花・果実
ツルボは地下に長さ2〜3cmの卵球形の鱗茎(球根)をもちます。鱗茎の外皮は黒い薄皮に包まれているのが特徴です。
葉は根元から伸びる根出葉で、長さ10〜25cm、幅4〜6mmの線形。やわらかく、やや厚みがあります。葉が地面に広がる頃、その中心から高さ20〜40cmの花茎が立ち上がります。
花茎の先には総状花序をつくり、淡い紅紫色の小花が密に並びます。一輪一輪は6枚の花弁が平らに開く6弁花で、花弁は外側へ広がるように反り返ります。果実は長さ4〜5mmの倒卵形の蒴果で、種子は長さ4mmほどの広披針形です。
秋に、突然あらわれる — 葉を年に二度出す
ツルボの面白さのひとつは、その暮らしぶりにあります。多くの草花は春に芽吹いてそのまま茂りますが、ツルボは葉を年に二度出します。公益社団法人 東京生薬協会の解説によれば——
葉は、春に多く出て、夏前に一度枯れます。秋口に再び芽生え、少しの葉とともに、こんどは10〜30cmほどの花茎も立ち上げて、淡い紅紫色で星形の花を総状花序につけます。 — 公益社団法人 東京生薬協会「ツルボ」
狭山丘陵いきものふれあいの里センターの観察でも、春には5〜10枚の葉を茂らせ、夏には枯れて姿を消し、晩夏から初秋に2〜3枚の葉とともに花茎を伸ばす、と記されています。つまり、いちばん草が茂る夏のあいだツルボは地上から消えており、周りの草に紛れて秋にいつのまにか花を咲かせます。「気がつくと花が咲いていてびっくり」——毎年Q&Aに「これは何の花?」と届くのは、この神出鬼没ぶりゆえなのでしょう。
球根の物語 — 飢饉を支え、ネギの匂いがする
地下の鱗茎(球根)にも物語があります。東京生薬協会は、その利用の歴史をこう紹介しています。
鱗茎はデンプン質に富み、中国の明代には救荒植物として利用された記録もあるようですが、毒成分も含むとみられ、簡単に食すことはできません。 — 公益社団法人 東京生薬協会「ツルボ」
狭山丘陵いきものふれあいの里センターによれば、江戸時代の本草書『大和本草』には球根を「よく煮て食べるように」と記されているそうです。生のまま食べると腹痛や下痢を起こしますが、しっかりとアク抜きをすれば食べられたといい、でんぷんを多く含むため飢饉のときの糧になりました。球根の皮を剥ぐとネギのようなにおいがするのも面白いところです。さらに球根には薬効成分もあり、皮膚病・神経痛・やけど・切り傷などに、すりつぶして湿布薬として使われてきたと伝えられます。
ただし、あくまで飢饉をしのぐための知恵。毒成分を含み、生のままでは食べられませんので、口にするものではないと考えておくのが安心です。
別名「参内傘」— 宮廷の傘に見立てて
ツルボにはサンダイガサ(参内傘)という風雅な別名があります。エバーグリーン図鑑の備考欄にはこう記されています。
別名のサンダイガサ(参内傘)は、花序の形を貴人が内裏に参内する時、供人がさしかける長い柄の傘を畳んだ形に例えたものです。 — エバーグリーン植物図鑑「ツルボ」備考欄(図鑑ページ)
参内とは、内裏(天皇の住まい、宮中)へ参上すること。位の高い人が参内する折には、従者が長い柄の傘を後ろからさしかけ、その格式を示しました。狭山丘陵いきものふれあいの里センターも「公家が参内するときに従者がさしかけた長い柄の傘をたたんだ形に似ていることからついた」と説明しています。細い花茎に小花が幾重にも連なる姿を、畳んだ長柄の傘に見立てた——植物の姿を宮廷の道具に重ねる、日本の植物名らしい繊細な感覚が込められた名前です。
「蔓穂」か「連穂」か — 名前をめぐる諸説
いっぽう、ツルボという和名そのものの由来ははっきりしません。狭山丘陵いきものふれあいの里センターは、いくつかの説を挙げています。黒褐色の球根の皮を剥ぐと、つるっとした坊主頭のように見えるから。花が連なって咲く姿から「連穂(つるほ)」。あるいは、実る頃に花茎が極端に伸びて蔓のようになるから——。漢字は「蔓穂」をあてることが多いものの、決め手はなく、謎は深まるばかりです。名前の由来がわからないほど古くから、人々の暮らしのそばにあった植物だとも言えそうです。
学名のはなし — Scilla から Barnardia へ
図鑑や園芸書でツルボの学名を調べると、Scilla scilloides と Barnardia japonica のふたつが出てきて戸惑うかもしれません。これは分類の整理が進んだ結果で、英国キュー王立植物園が運営する世界的な植物名データベース Plants of the World Online(POWO)では、現在 Barnardia japonica (Thunb.) Schult. & Schult.f. が「accepted(正名)」として扱われ、Scilla scilloides (Lindl.) Druce はその変種 Barnardia japonica var. japonica のシノニム(異名)と記載されています。科はキジカクシ科(Asparagaceae)です。
Scilla scilloides (Lindl.) Druce — Synonym of: Barnardia japonica var. japonica — Plants of the World Online, Royal Botanic Gardens, Kew(Barnardia japonica の項)
古い図鑑に Scilla scilloides と書かれていても誤りというわけではなく、かつて広く使われていた名前、ということです。
どこで出会えるか — 分布と生育環境
ツルボは日本では北海道西南部から琉球まで広く分布し、朝鮮・中国・台湾・ウスリーにも分布します。英国キュー王立植物園のPOWOも自生範囲として日本・南西諸島・朝鮮・中国(華中南部/華南東部)・内モンゴル・満洲・台湾・沿海地方(プリモルスキー)を挙げており、東アジアの温帯に広がる植物であることがわかります。堤防、草地、林縁など日当たりのよい場所を好み、しばしば群生します。とても丈夫で繁殖力も旺盛なので、群れて咲く淡い紅紫の穂は、ひとかたまりになると遠目にも目を引きます。花期は8〜9月。夏の終わりから初秋にかけてが見頃です。
ちなみにツルボの花言葉には「誰よりも強い味方」や「流星のような」があります。前者は小さな花が支えあうように咲くさまから、後者は秋になると突然、葉や茎を伸ばして花を咲かせる姿からつけられたと言われます(狭山丘陵いきものふれあいの里センター)。神出鬼没なこの草の生き方が、そのまま言葉になっているようです。
→ 図鑑で「ツルボ」の詳細を見る
参考資料
- エバーグリーン植物図鑑「ツルボ」https://love-evergreen.com/zukan/plant/5602.html
- エバーグリーンQ&A 質問#21296(2021年8月)https://love-evergreen.com/qa/topic/21296.html
- エバーグリーンQ&A 質問#21262(2021年8月)https://love-evergreen.com/qa/topic/21262.html
- 公益社団法人 東京生薬協会「ツルボ」https://www.tokyo-shoyaku.com/ohana.php?hana=1117
- 狭山丘陵いきものふれあいの里センター「もう秋ですよとツルボ咲き〜ふれあいの里だより令和4年9月号〜」記事ページ
- Plants of the World Online, Royal Botanic Gardens, Kew「Barnardia japonica (Thunb.) Schult. & Schult.f.」https://powo.science.kew.org/taxon/urn:lsid:ipni.org:names:531694-1